
先日、母の72歳の誕生日でした。母との思い出を振り返っていると、2年前の夏のことを思い出しました。実家の押し入れを片付けていたとき、幼稚園で母と一緒に作った粘土のお面が出てきたのです。昨日のことのように蘇る、忘れもしないお面。思い出の中では、ずっと「嫌な記憶」として残っていました。なぜ大人になっても心に残っていたのか。改めて向き合ったとき、そこには今の自分へのメッセージが隠れていたのです。
可愛いお人形になるはずだったお面

幼稚園年長の頃、「自分の好きなものをお面にしよう」というテーマで、親子で一緒に作る行事がありました。
母に「何を作りたい?」と聞かれて、わたしは「可愛いお人形さんがいい」と答えました。
すると母は、わたしのイメージを確かめることもなく、一生懸命に粘土をこね始めました。
わたしもまた、具体的に伝えることなく黙って見ているだけ。

途中で「なんか違う。こんなのじゃない」と思ったものの、熱心に作る母を前に口を挟むことはできませんでした。
やがて、母はリアルな鼻を作りながら「本物みたい!」と得意げにしていました。
その姿を見て、わたしはますます何も言えなくなったのです。
「言えなかった」幼い自分の記憶



周りの友達が可愛い動物や好きなキャラクターを楽しそうに作っているのを見て、わたしは「ピンクのウサギにすればよかった」と思いました。
でも、母に「変えたい」と言ったら怒られるかもしれない。
そう考えて言えずに終わりました。
みんなの前で完成を発表する時間になりました。
「発表なんてしたくない。これはわたしの思っていた“可愛いお人形さん”じゃない……。」
そう感じながら人前に立ちました。

その後もしばらく幼稚園にお面が飾られていて、見るたびに嫌な気持ちになったのを覚えています。
5歳のわたしが伝えてきたこと
改めてあのお面を見て、わたしは心の中で幼い自分に声をかけました。
「嫌だったね。
本当はお母さんと一緒に、可愛いお人形を作りたかったんだよね。
もっと具体的に伝えられたらよかったね。ピンクのウサギも作りたかったね。
でも“ピンクのウサギ”は、本当に一番作りたかったもの?
簡単そうで、無難で、みんなの前で恥ずかしくなさそうだから選んだ第2希望だったのかもしれないね。
途中で変えたいって言ったら怒られると思ったよね。お母さんも一生懸命だったから言えなかったんだね。
もっとお母さんに気持ちを伝えたかったね。お母さんも聞いてくれたらよかったね。」
小さなわたしが抱えていたもやもやは、大人になった今の自分に通じる課題でもありました。
大人になっても繰り返す「言えない癖」
思えば、似たようなことは大人になっても起きています。
たとえば、我が家のキッチンリフォーム。
オシャレな対面式のオーダーキッチンを勧められて進めたのですが、途中で「狭い我が家には大きすぎるかもしれない。オーソドックスで背面式の方が合っているかも」と感じました。
でも、「せっかく設計してもらって話も進んでいるのに、今さら言えない……。」と黙ってしまったのです。
夫には伝えたけれど、最終的にリフォーム会社に話すことはできませんでした。
結果、完成したオシャレな対面キッチンを見ながら「もっと相談できていたら」と後悔が残りました。
もし話し合って、結果、今のオシャレな対面式のキッチンに決めたとしても、全然違う気持ちだったんだろうなと思います。
もし逆の立場だったら
ふと考えます。もし自分が逆の立場だったら?
相手が本当は気に入っていないのに、表面だけ「ありがとう」と言われても、嬉しくはないはず。
むしろ「早く言ってくれたらよかったのに」と思うでしょう。
だからこそ、「気持ちを素直に伝える」ことは相手にとっても大切なんだと気づきました。
幼稚園のお面がくれた教訓

あのときのお面は、ただの粘土細工ではなく、わたしに「想いを伝えることの大切さ」を教えてくれる存在でした。
まず、自分はどうしたいのかをしっかり知ること。
そして、それを「一番安心できる言葉」で相手に素直に伝えること。
例えば、「ありがとう。この部分はとてもいいと思う。だけどわたしは、○○の部分はもっとこうする方が好きだし、もっとワクワクすると思う。」
感謝と良いポイント、そして自分の希望を明確に伝えることが大切だと感じました。
この課題をクリアして、もっと気持ちよく人と関われる自分になりたいと思います。
同じように「言えなかった後悔」を抱えている人がいたら、一緒に少しずつ変わっていけたら嬉しいです。
神戸 トラベルイラストレーター えやひろみ